01歴史と現在

精神展開剤に分類されるうちのひとつに、シロシビンがあります。シロシビンは、Psilocybe属のキノコ(通称:マジックマッシュルーム)に含まれる幻覚作用を有する物質です。実は、このシロシビンを含む精神展開剤の歴史は、マヤ文明の時代から続いています。以前は“幻覚剤”と呼ばれた物質ですが、マヤ・アステカなどの古代文明においては神事や宗教儀式に用いられていました。シロシビンを含む精神展開剤は精神障害の治癒効果を有し、依存性が低いことから、現代に至るまで伝統医療として受け継がれています。
1960年代の欧米において、精神展開剤はうつ病や不安症などの治療に使われ、研究も盛んに行われていました。しかし、さまざまな理由により1970年代から厳しい規制が始まり、研究も一時中断してしまいます。精神展開剤が再び注目されるようになったのは、1990年代後半のこと。特に2010年以降、研究は加速しています。この一連の流れは「サイケデリック・ルネッサンス(再生)」と呼ばれています。
このように、精神展開剤の医療利用は古代から伝統的に行われてきたものであり、今、改めて科学的根拠とともに見直されているのです。
02検討中の治療法

精神展開剤を使った治療は、「神秘体験」と呼ばれる深い気づきや、感情の体験を伴うことがあります。そのうえで、「セット」と「セッティング」がとても重要です。「セット」とは、薬を使用する人の心の状態や心構えのこと。前向きな気持ちで治療に臨むと、よりよい体験につながりやすくなります。逆に不安や恐れがあると、不快な体験になってしまう可能性があるため注意が必要です。「セッティング」は、使う場所やまわりの環境のことを指します。静かで安心できる場所だとリラックスしやすくなります。治療では、「ガイド」と呼ばれる専門の医療スタッフがそばに付き添い、使用前から使用中、使用後まで心理的にサポートすることも大切です。
シロシビンを使う標準的な治療では、まず「準備セッション」で患者さんのこれまでの経験を丁寧に聞き、信頼関係を築きます。その後、「投与セッション」でアイマスクや音楽を使いながらリラックスした状態で薬を服用し、自分の心の内側に意識を向けます。体験中には、悲しみや怒りといった強い感情や、過去のつらい記憶が浮かんでくることがありますが、それらを無理に抑えず、そのまま受けとめることが大切です。また、人によっては、人生観が変わるような強い気づきや安心感を得ることがあります。
シロシビンの場合、薬の効果はおよそ6時間。その間は、心理士がすぐそばに付き添います。後日、「振り返りセッション」で体験を言葉にして整理することで、気づきや心の変化が生まれることが報告されています。これらのセッションは1~2回行うのが一般的です。残念ながら、全員にこの効果が得られるわけではありません。
03作用機序(仮説)
精神展開剤は、いずれも「セロトニン2A受容体」という脳の特定の部分に強く働きかける薬です。この働きによって、脳神経のつながりが一時的に変化し、新しいつながりが生まれやすくなると考えられています。こうした変化が、うつ症状を改善へと導く可能性がありますが、本当にこれが治療の中心的な仕組みなのかは、まだはっきりしていません。
また、精神展開剤によって得られる「神秘体験」――たとえば、深い気づきや悟りに近い感覚――が心に良い影響を与えているのではないか、という考え方もあります。ただし、これも現時点では仮説にすぎません。基礎研究では、幻覚を引き起こさないタイプの精神展開剤でも、うつ症状を改善する可能性があることが示されているのです。つまり、精神展開剤の効果については少しずつ分かってきていますが、その仕組みについては、まだ研究の始まりの段階にあると言えます。私たちは、その解明にも取り組みます。
受容体」に作用します。
一時的に変化させます。